結局。僕に残ったのは音楽だけだった。

ぼくはもうこの街の構成要素として生きて、精一杯やって。

この街をどこまで愛しながら?この街に生きたこの自分っていうものをどう誇りながら?

残りのエネルギーを使い切って、生きて。生ききって。

そうして、死んでゆく。

もうそれしかない人間ですから。


自分が持てる能力も可能性も衝動もパワーも気持ちも。

もう、渾然一体となったぜーーーーーんぶひとつのなんだか知らんがエネルギーのカタマリとして。ぜんぶひっくるめた、なにか精一杯のチカラのタマ?みたいなものとして。

どごおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!!!!!!!!!


って、出して、ふりしぼって、

そうやって、やっていくしか。

ない。



僕はたぶん今後、死ぬまでの時間を使って、おんがくとじぶんのいきてきたじかん、じぶんのいきてきたまち、じぶんのいきてきたじだい、じぶんのいきるなかでであったひと、

そんなものをテーマに

なにか、なにか、なにか、なにか、なにか。


きっと、おんがくを精一杯楽しむアイデアを。

もうひとつふたつ、きっとやると思う。

俺なら。

まぁみなさま、その時はよろしくお願いします。


とりあえずいまは生きる為に成さねばならぬ労働の負担がほんとうに大変なので、なんとかダマシダマシ・・・、やっておる訳ですが。

それでもそんな中でも出来る事はあって。それがこういう【愛した道】の素晴らしいところ。

こうして、僕は、いつ何時デモ、誰とでも刺し違えてやるわい。

・・といった面持ちで、

いつ、なんどき、誰の挑戦でも受けたるし、

そのとき、勝つのは絶対に俺でっせ。

・・・という。


口上を口上で終わらせないために。

仮定を証明する為に、いまはコツコツと研鑽を重ねておるわけです。

突っ張ってるんですよ。

僕は14歳の時とおなじ気持ちでずぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと。


まぁ。


なんかこれは証拠みたいなものとして今ここに記しておくわ。




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