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2013年12月12日木曜日

非常に良い頃合い。

何かに、

ワクワクしながら、興奮しながら、ドキドキしながら、幸せを感じながら、

。。。。楽しみながら。。。。。。



シャッターを、

押す。




そんなん誰でも出来るんです。

小学生でも出来るよ。



しかも!!!!!!


デジタルイチガンレフの、

あるいは、ミラーレス式とか!?
まぁとにかくそのへんのこまかい違いはどうでもイイとオモウケド・・・・とにかく、誰がどう撮っても完璧に確実に約束された超高画質を使って。

撮れます。

小学生でも。撮れます!!!!!!!!!!!






超高画質の。質感たっぷり、ボケ味たっぷり!!!!!!!!

ボケ、た~~~~っぷり!!!!!


そんな。





とても携帯電話やスマートホンに搭載されたゴマみたいなサイズのプラスチックレンズとセンサーでは表現しきれないような、光学的な物理現象を存分に、贅沢に使った、素晴らしくなまめかしい写真。
それは今だれでも撮れるし、そこに特別な技術や知識や努力は、要らない。



絶対に、そこは事実ですよ。デジイチとか使ってる人が一番知っているでしょう?そんなん。







つまり(デジタル時代の)写真はもうとっくにその次のフェーズに移行しなくちゃいけないのに、

いついつまでもずるずるずるずると、みっとうもなくしがみついている人らが居るから、
こんなみっとうもないことになってるんですよ。




そろそろやめましょうよ。

みんな、いい大人なんですから。


ダメ!! 絶対!!
STOP!! 画質自慢。













2013年12月6日金曜日

筆さばき、習作。

んまぁ絵の描き方だけ日々鍛錬していればさ。

筆やカンバスのクオリティとかは放って置いても勝手に時代につれて良くなっていくに、決まってんだから。
そんなの、撮り手がそんなに気を揉むような事じゃないんだろうね、ほんとは。


なんかつまんなさやアホ臭さを超えて息苦しい。と感じる瞬間が大いにあるのよね、このクラスタリングに所属してると。


来年はこっぱずかしいくらいにコテコテにシフトしようかな。

作画意図論とかに。


写真なんて偶然性との対峙の中でどんだけ作画意図をねじ込ませられるか?なのになんかそこを語るのご法度になってるような節もあるから。










2013年11月29日金曜日

ほんじつの凡作。

丸々3年間、全てを投げ打ってクソ真剣にこの趣味に心を預けてみました。
そこから見えた答え。

自分なりの、答え。


とにかく、日々を撮ろうと。


ただそんだけなんです。


アウトプットよりも先ず『撮る』という行為。

そこが純化してないと、結局消えて無くなってしまうんじゃないかな?



大事な気持ちが。


そしたら当然、撮った結果とかそんなものは。なくなるとかなくならないとかの前に、先ず存在してる意味が無い。ですよね。



アップロードという価値観とは、上手に付き合っていかなくてはなりません。
言い換えれば、見せるという行為とは、ってこと。

焼くとか、プリントするとか、展示だとか。

結局は言葉を変えただけで、誤魔化してるだけだと、そんな気もするので。



んでも、ひとつ、その付き合い方の指標となる本質は、自分の経験の中から出来上がってきたので。

今はすごく余裕があるというか。怖いものはないです。


もともとが、そんな大それたもんじゃあ、ないんです。

僕は、傑作なんか撮りたいとおもわないよ。


写真とは、

凡作であるべきなんです。


そもそもが、相容れる筈が、ないんですよ。

写真て。

他人様(ひとさま)に、見せる、なんていうこととは。



写真て、そんなものじゃあ、ないよ。絶対に。



見せたい


なんて、そんなもの。



先ず、撮る事が先でしょう。